Apple cinnamon

のあいのなにか

悪意のない暴力

(場合によっては不幸自慢になりますので覚悟のある方だけお読みください)

私は大手企業に勤める父と専業主婦の母との間に産まれました。

2年後には弟も産まれました。今は警察官になっています。

金銭的にはとても感謝しています。お金で困ることはなかった。

それどころか、少しだけ裕福な生活を送っていたかもしれません。

 

私は軽々しく「虐待」という言葉を使いたくないのですが、

わかりやすく伝えるために使います。

父は酒豪で、2歳の私に日本酒を飲ませたと後で聞きました。

ただ、酔っぱらわないと父は寡黙で、そして対人恐怖症でした。

母は育児ノイローゼになり、精神科を受診、薬を飲んでいました。

私もこの歳なので、そうなることも分かります。子育ての大変さも分かります。

ただ、被った方はとんでもない毎日を送ることになりました。

常にキーキーした声で怒鳴っています。豊田議員のようです。(このハゲーー!)

それが日常なのです。

母の思い通りにならなかったらビンタされました。

お茶をこぼしただけでビンタです。

弟は鼻血をだしたこともありました。

しかし弟には反抗する力がまだ残っていました。

私と母の関係をみて、要領よく学んでいたので被害は少なかったようです。

 

それは小学校1年生まで続きました。

なんか、小食で給食を残しがちな私に母は、

「お前には牛乳しか飲めないようにしてやる!」

とか言われてましたね。泣いても「泣いて解決すると思うなよ」って言われます。

 

母に悪意はありませんでした。ただ、育児がわからなかっただけ。

だから母に罪悪感はほとんどありません。

ただ、私が大人になってから、ほかの母と比べて、育て方が間違っていた、と言っていました。

 

のちに私は18歳で鬱状態を発症し、過去を探るセラピーを受け、

思い出すことで不安定になりすぎたので辞め、薬を飲んで生きていこうと思いました。

私は自分を信頼することも、人を信頼することも難しいです。

大体の人間には最初嫌悪感を抱くことから始まります。

話すうちに「信頼できそうだ」と無意識が判断すれば、何でも話すようになります。

それは非常に少ないです。

傷つきやすく、人の悪いところばかりに目がいきます。

人が怖く(自分がどう見られているかを過剰に意識する)職を転々とし、今は家にいます。

調子のよいときは「病気(双極性障害)が治ったのかな?」と思えるレベル。

悪いときは憂鬱で、希死念慮がやってきます。

期間的にどちらも長いので、鬱の時はひどくつらいです。

で。今とてもつらいので、生活史なんかを書いているのですw

 

今は幼児虐待については厳しくなっています。

親が傷つける可能性のある家庭では子どもを

児相に預けられることもあると思います。

でも。心の傷はなかなか癒えてくれません。

残念ながら虐待死、するお子さんもいます。

生きていたらどうやって育っていくかはわかりませんが、

茨の道であることは明らかだと思います。

 

そういう意味では、私はその時、死んでいたほうがよかった、

旦那さんや私と仲良くしてくださる人を裏切るようで心苦しいけど本音、

その時、終わっていたら、今こんなに苦しむこともなかったと思います。

でも、そんなIFを言ってもきりがないので

私は自分の人生を受け入れ、心身をコントロールしながら生きていくしかないと思うのです。

 

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 躁うつ病(双極性障害)へ
にほんブログ村